体重計

体重計

 体重計は昔は、学校と銭湯とお医者さんくらいにしかなかったものですが、近年では各家庭に小型の体重計があって、つねに家族の肥満を監視しています。学校の身体計測は1年に1回ですから、これはもう個人の健康管理に資するなどというものではなくて、統計をとるためにだけあるようなものでしょう。そういわれないように、学校保健統計調査報告書では性別、年齢別の身長と体重の基準値、平均値、標準偏差などをだして肥満の早期発見をすべきだ、と「学校保健会」などでは啓蒙に努めています。
http://www.hokenkai.or.jp/1/1-6/263/263-6.html
 近代日本の教育では身体検査が制度的に文部省によって確立するのは明治30年でした。このときの趣旨は、生徒の身長や体重の統計をとることで子どもの健康に資するように、学校の環境を改善するというものだったということです。当時の「学校衛生学」の研究事項は次のようなものだったといいます。

〈当時考えられていた学校衛生学の研究事項を探ることにする。この論文で列挙されている事項を順にあげると,1.学校位置及其構造,2.机椅子ノ制作方,3.書冊文字ノ大小方,4.採温法,5.採光法,6.通気法,7.授業方法及時間ノ長短,8.運動及体操,9.品行即徳育,10.伝染病予防となる。三宅によれば[三宅秀「教育ト衛生トノ関係」『大日本教育会雑誌』第13号],「凡そ学校に於て衛生上に注意せさるときは即ち学校病と称する疾病を醸生し」,近視,背骨彎曲,衰弱,頭痛,神経過敏症など前述の「学校病ト称スル疾病」が発生していた。すなわち,日本における学校制度の確立に向け,校舎の建築方法や机・椅子の大きさなど,細部にわたる調整が行き届いていない段階においては,教育における理念的な領域における議論と同時に,校舎や校具など物理的な領域,つまり環境面での調整が今後なされなければならず,その分野での研究を担うものとされたのが当時の学校衛生学なのであった。〉
山本拓司「国民化と学校身体検査」大原社会問題研究所雑誌 No.488/1999.7
http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/oz/488/488-3.pdf

 身体検査の目的は学校の施設環境が適切であるかどうかの測定、改善のためだったのですね。それが大正、昭和の改訂をへて「国民」育成をめざすための、子どもの身体の個別管理に向かっていきます。大正期には検査の結果を本人並びに家族に知らせ、その改善努力を促すようになる、と上記論文にあります。この方向は現在でも家庭への連絡として生きていましょう。生徒の「心のもんだい」まで周到に気を配らないと学校の責任にされる時代は、ここから始まっているかもしれません。しかし、その一方で明治の問題意識の中にあった「学校病」というとらえ方で、生徒の身体計測統計を見ることはなくなっていましょう。生徒たちのさまざまな精神的神経的愁訴は、学校制度が問題なのではなく、その生徒の「心の問題」なのだから、教師はその「ケア」に心がけろ、というわけです。近代学校の創設期のほうが、教育行政も謙虚だったわけですね。問題を個人の身体や「心」に集約してしまう伝統は、いまや家庭に体重計、体脂肪計を備えさせ、肥満の恐怖におびえさせ、極端な「やせ美人」を育成しています。甲種合格の兵士、銃後の守りを固める兵士を何人も生める女性をつくる「初期」いや「中期」の学校身体検査の目標は、国民の育成を乗り越えて、個人の精神を自己管理(しすぎる)個人を作り出してしまったというべきではないでしょうか。