学校統合失調症

『教育の文化史1』佐藤秀夫著


 多くの学校は「ひとりひとりを大切にする」というスローガンをかがげていましょう。それが現状の学校教育にたいする批判の色合いで登場してきたのは1890年代です。それをいまさら我が学校の特色だなどと大威張りで宣言できるのははなはだ不勉強だといえましょう。1980年代の打ち間違いではございません。佐藤秀夫先生の研究によれば、個性の尊重または重視という考え方は、学制のはじめの時から脈々と流れていたのです。(佐藤秀夫『教育の文化史1 学校の構造」阿吽社「学校観再考」)
 明治のはじめの学校は等級制ですから、個人の能力や学習進度によってクラス(級)が決まったので、同じ教室に異年齢の子どもたちが机を並べていたのです。「学制」が始まった当時、日本の各地では膨大なお金を出しあって立派な擬洋風の学校が建設されました。国家がお金を出したのではなくて、多くは村落共同体を構成する人々が拠出したのです。「国家」は、そうした共同体の協力なしには学校を建てられなかったのです。「學事獎勵ニ關スル被仰出書」が人々に説いた実学奨励は、「ひとりひとりを大切にする」教育の起源だともいえましょう。学問は特別の人だけが学ぶものだとか、学ぶのは国家の為だ、という考え方を批判してもいました。

〈但從來沿襲ノ弊學問ハ士人以上ノ事トシ國家ノ爲ニスト唱フルヲ以テ學費及其衣食ノ用ニ至ル迄多ク官ニ依頼シ之ヲ給スルニ非サレハ學ハサル事ト思ヒ一生ヲ自棄スルモノ少カラス是皆惑ヘルノ甚シキモノナリ〉
http://www.geocities.jp/sybrma/61gakujisyourei.html

(學事獎勵ニ關スル被仰出書 太政官布告第二百十四號(明治五壬申年八月二日))

 佐藤先生の上記の本を引用しましょう。

〈ともすると日本の近代学校は、その発生の当初から「国家ノ事務」の範囲内に限定されていたかにとらえられることがあるのだが、1870年代には民衆の自主的・自発性を喚起させなければ公教育の創設自体が困難であり、70年代後半にはそれに依拠する「人民自為」の方策が、初等中等教育学校において強調されたことがあった。
 公私立学校教則の地域自主編成の重視、区町村学務委員の住民公選制の採用、学齢児童を対象とする私立学校をも含む私学の自主性の尊重等々……
 もとより、1880年代前半と90年代以降に顕在化する天皇制公教育体制下での国家教育権論の「建前」上での優位により、教育における「人民自為」は、表面くり返し抑圧されることになる。しかし、それは決して絶滅されたわけではなかった。……「自治」「自為」の手続き自体を否定することは、公教育制度の維持を図る上で不可能になっていた。1870年以降に形成されてくる日本の学校が「近代学校」といわれる所以のひとつはここにあったといえる。〉

 日本の近代学校は国家が上から作らせたとはいえ、村落共同体(コミュニティ)の下からの協力がなければ成立などしていなかったのです。「学校」という場所が色濃く持っている共同性イメージは、地域社会の共同性から「伝染」したものだったのではないでしょうか。今日も学校を共同体としてとらえたい傾向(「学びの共同体」とか)はここに由来しましょう。ところが、学校という組織は、会社などという組織と同様に一定の目的を持って設立された組織であって、明らかにその機能から言えば共同体ではないのです。
 今日、新自由主義の潮流の中で叫ばれる「個性重視」と、近代教育創設時に村々の「個」にたいして「実学」をすすめるたのとは、言っていることは同じでもその内的論理は大きく変わっているところを明確にする必要がありましょう。今日の「教育改革」の中心は、いってみれば「組織」としての学校を、その目的に見あったものとして純化することにあります。それはいかに「共同性」をスローガンの一部に掲げていたとしても、それはめくらましです。組織としての純化は、コミュニティを不安定にし、混乱させ、そのことによって「自己実現」する「個」を生成するのが目標です。
 組織としての純化の果てに、他の諸組織と競合協力連携することでコミュニティに取って代わる。それらの組織はコミュニティを超越し、吸収することを目指します。それがポスト近代社会なのかもしれませんが、「学校」は、いまや、周囲のさまざまな組織に包囲され、家族や地域などの共同体から見放され、「組織」に「感染」させられています。会社の営業目標、その成績の数値化はあたりまえでしょうが、「学校」も目標に向かって疾走すべき「組織」として数値目標を掲げさせられてきます。
 「家族」という集団に「目標」はありません。「地域」も同様に数値目標をかかげることのないコミュニティです。学校は、自己イメージとしてのコミュニティと組織体としての機能のダブルバインドの中で「統合失調症」になりかけているのかもしれません。

写真はhttp://www1.odn.ne.jp/aunsha/shoukai8.htmより